2018年4月9日月曜日

そしてまた戸谷の峰に


筑摩山地、美ヶ原の北の山のひとつ、戸谷峰。松本市街地から、安曇野から、あるいは南の塩尻からも、そのどっしりとした姿が特徴的である。2018年4月8日、先々週とは異なるコース、とはいえ国道254号から隣の尾根に取り付くだけで、三才山ドライブイン前からのトレイルを歩く。こちらが「美ヶ原高原ロングトレイル」のみちである。






スタート時には小雪が舞い、冷たい風が頬を刺した。広葉樹の森の中をじぐざぐと高度を稼いでゆき、眼下に国道254号を眺めている。







そして誰も居ない山頂。前回は雪に覆われていたが、もう消えている。たった二週間という時の移ろいは、季節の刻みをかちり、かちりと動かしていた。嗚呼、無常。かつ消えかつ結びて、久しくとどまることなし。或は春の夜の夢のごとし。

雪は止んで晴れてきたが、安曇野の彼方、常念岳と槍穂は、雪雲に隠されていた。






山頂東側の尾根の一角、ここは5月後半から6月に掛けてニリンソウの大群落が花を開かせる。山靴を置くことに躊躇いを生じるほどに、可憐な白い花が揺れる。






二週間前の雪の尾根は、陽光の下に落ち葉と地面があらわになっていた。あの雪は融けて染み込んで、やがて川を下っていくのだ。この尾根の広葉樹たちが瑞々しい葉を芽吹く日も近い。






国道254号に下山する。





稲倉(しなぐら)の橋の上から戸谷峰を振り返る。水辺の柳に芽生えが見えているが、春が山肌を駆け上がるまで、もう少しのひにちが必要なのだろう。

ここに写っている堰は、女鳥羽川本流から用水を引くためのものである。用水は、稲倉集落の中を等高線に沿うように導かれ、善光寺街道の旧岡田宿を潤している。女鳥羽川は、岡田宿付近では集落より一段低いところを流れるため、田んぼに水を引くにはこの用水が必要だった。案内板などには、堰と用水は千年の昔からあると書かれている。





三才山の村の鎮守、御射神社秋宮の境内にて。この神社の「春宮」が浅間温泉にある。春宮には、春に山から降りてきた神さまが里に鎮まられて、田んぼと稔りを守ってくださる。秋を迎え収穫が無事に済むと、田の神は山に帰る。そのお帰りを、稲藁を焼いて煙でお送りする「浅間温泉たいまつ祭り」がいまも行われている。山の神と里の神が往来する、稲作文化が育んだ祈りのかたちである。

さて、御射神社秋宮さんは「女鳥羽川水源の神」とされる。春宮が田の神を祀る以上、秋宮が水耕を支える水源の神であることに違和感は無い。秋の終わりから春先に山に積もった雪があってこそ、春の田植えが叶うのだ。先に書いた用水はすなわち豊穣の源泉であり、千年の昔から水の恵み、稲の実りをもたらしてくれる。

一方、御射(みさ)神社との呼び名は、ややこしくなるが、稲作文化伝搬以前の、ふるいふるい神さまをお祀りしている可能性がある。またしても、民俗誌の地層のおぼろな奥底から囁きかける社宮司明神の呼び声である。そうなのだ。このお宮も謎に包まれている。ここで書くと散漫になってしまうから、もう少し調べてから別項で書こう。






御神木の老杉と社殿。社叢という言葉を表すに、この佇まいがしっくり来る。






帰宅して、午後、西の丘に登る。ウイスキーの小瓶を携えている。様々な花々が咲き誇る彼方に、今朝方歩いてきた戸谷峰が見えている。山の神さまへのお礼に、花の額縁で飾ってみた。





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